« 今日は福岡出張 | トップページ | 長かった… »

2008.01.24

私のケータイ遍歴(ヒストリー)

 とあるブログからネタを拾ってきました。
 今までどんな携帯電話(ケータイ)の機種を使ってきたか…という話です。

 私も携帯を持つようになってからまもなく9年になろうかとしてまして、昔のことはけっこう記憶が薄れかかっているのですが、思い出しながら書いてみます。ドコモに関してはけっこう詳しくまとめたページがあるようですが、私はずっとドコモに背を向けていましたので(笑)思い出すのに苦労しました(^^;)。

 とりあえずここに備忘録的に書いておきます。思い違いなどがあとでわかった場合はこっそり修正するかもしれません。

【初代】デジタルツーカー・P4(パナソニック)1999.5~

 私が初めて手にした携帯電話。色はブルーでした。
 当時はカメラもなく、ディスプレイはモノクロ、現在の主流である折りたたみ式ではなくストレートタイプでした。着メロも単音で「着メロの本」見ながら入力していたものでした。
 実は当時すでにPHSを使い始めて3年ほどになっていて、PHSもずっとP(松下)の「ル・モテ」(KX-PH10→KX-PH905→KX-PH32→KX-PH35)でしたが、PHSが九州松下製・携帯が松下通信製(現在、両社は事業再編により「パナソニックモバイルコミュニケーションズ」となっている)ということもあって、操作性にはかなりの違いがありました。
 その後まもなく「デジタルツーカー」は「Jフォン」ブランドに変更。

【二代】Jフォン・J-P02(パナソニック)2000.6~

 本体のカラーはシルバー(ディスプレイ周辺はライトグリーン)当時すでにカラー液晶の機種も出始めてましたが、この機種はモノクロディスプレイ。しかし4段階の階調表現ができ、P4に比べるとドットも細かくなりました。

【三代】Jフォン・J-SH07(シャープ)2001.6~

 本体はシルバー。PHSの時代からP端末をずっと使い続けていましたが、当時Pはドコモ向けに力を入れていてJフォン向けにはあまり気合いが入った端末がなかったのに対し、SH(シャープ)はJフォン向けを主力としてカラー液晶やカメラなどの新技術を積極的に取り入れたりしていたこともあって、この機種からSHにスイッチ。
 折りたたみ端末になり、6万色のカラー液晶やカメラ機能・Jスカイ(ウェブ・メール)・Javaなどを詰め込んだ(当時としては)「究極」の端末でした。
 思えばこの頃の「Jフォン」が一番元気がよかったなあ(cdmaOneへの移行でもたついていたauと契約数で並んだ頃)。
 これまではほぼ1年ごとに機種変更をしていましたが、この機種は2年ほど使ってました。

【四代】Jフォン・J-SH53(シャープ)2003.6~

 2年ぶりに機種変。本体色はブラックでした。
 基本的にはSH07の流れをくんでますが、サブディスプレイが付いたり、メモリーカード(SD)のスロットが付いたりなどの変更がありました。カメラもメガピクセル(100万画素)クラスになりました。密かにミュージックプレイヤー機能もありました。電池の持ちもあっていまいち実用度は?でしたが…。
 この機種も2年ぐらい使ってたなあ。ちなみに、Jフォンからボーダフォンへの変更を見越してすでに「vodafone」のロゴが入っていました。
 ただ、vodafoneになってからはJ-フォン時代にあった勢いはなくなり、「ハッピータイム」などのような料金施策の迷走が目立つようになってきます。

【五代】ボーダフォン・V603SH(シャープ)2005.6~

 本体色はブルー系を選択。テレビやモーションセンサーなどが付いたり、カメラも200万画素に2倍光学ズームがつくなど高機能な機種。
 その後ボーダフォンはソフトバンクに身売り。そしてMNP(モバイルナンバーポータビリティ)が始まりました。
 V603SH自体に不満はなかったのですが、MNPでauに変更することを決意。

【六代】au・W43H(日立)2006.10~

 MNPでソフトバンク(ボーダフォン)からauへスイッチ。
 当時のauはシャープ製のよい端末がなく、もっともハイエンドのW43Hを選択(色はブルー)。ワンセグやFeliCaの機能などを搭載してけっこう使いでがある端末でした。
 操作も全然違ってとまどったこともありましたが、だいぶ慣れてきました。
 ただ、当時のFeliCaチップは容量が小さく、あっという間にいっぱいになってしまったため(^^;)結局1年で機種変を再び行うことになります…。

【七代(現在)】au・W53CA(カシオ)2007.11~

 通称「EXILIMケータイ」。その名の通りカメラの機能が売りで500万画素のカメラを搭載。おかげでデジカメを買う必要がなくなりました。
 そしてFeliCaも新世代の大容量のものが載せられて、FeliCa関係の容量不足問題は解消したのでした。
 操作系は、カシオと日立は携帯で協業していることもあって、大きな違いはありませんでした。

au・W05K(京セラ)2007.12~

 データ通信専用のカード。データ通信はDDIポケット→ウィルコムでずっと行ってきていて、Let'snoteA2内蔵のH''IN(2001.7~)→本多エレクトロン(現・ネットインデックス)AH-H407P(2005.2~)と使ってきていましたが、auのデータ通信定額が可能になったのを機に変更しました。

 こうしてみると、基本的に高機能(ハイエンド)な端末を割と頻繁に買ってますなあ…。
 まあ、今後は家庭環境の変化や携帯の買い方の変更などの関係でおそらく2年1度程度のペースに落ち着くのではないかと思ってます(^^;)。

 それにしても10年使い続けていると、やっぱり携帯の性能向上って隔世の感がありますよね。

|

« 今日は福岡出張 | トップページ | 長かった… »

コメント

今振り返ると、1998年のメールサービス開始が最大のターニングポイントだったような気がします。
それ以前は完全にイメージだけで売れていたのが、中身やサービスを見るようになったのがこの頃じゃないかなと。
ちなみに、うちでは1999年製のケータイがまだまだ現役です。3月までの命ですが。

え?履歴?今更わからんwww

投稿: 雄猫太郎 | 2008.01.28 21:15

私が携帯を初めて持ったのが1999年(もっともPHSはその3年前から持ってましたが)だったのですが、当時のメールってのはいわゆるショートメールが主流でほとんど使ってなかったですねえ(当時はデジタルツーカーって今以上にマイナーな存在だったしw)。
本格的にメール使うようになったのはおそらくSH07あたりからだったかな。

私もこれ以上時が経つと忘れてしまいそうなので、今のうちにと書き出していったのですが、雄猫さんだとさすがにいまさらわからないでしょうね(笑)。

投稿: matchan | 2008.01.29 01:06

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18069/17808666

この記事へのトラックバック一覧です: 私のケータイ遍歴(ヒストリー):

» ケータイ遍歴 [THIS IS LIFE]
ネタに困ったので「トラックバック野郎」からお題を拝借。 とはいえ、そんなに詳しく [続きを読む]

受信: 2008.02.01 00:06

« 今日は福岡出張 | トップページ | 長かった… »